青い生物が少ない理由とは?構造色と色素から読み解く自然界の謎

生物
出典:科学の開拓者

私たちの身の回りで「青い」動植物は、他の色に比べて驚くほど少ないことに気づいたことはないでしょうか。実際、青い体色を持つ生物は非常に稀少であり、植物では青い花を咲かせる種が全体の10%未満、また青く見える多くの動物から「青い色素が見つからない」という報告もあります[1]。例えば鳥類や哺乳類、爬虫類などの脊椎動物には青い色素を自力で作り出す種が知られておらず、英名が“青”を含むシロナガスクジラ(Blue whale)ですら実際には灰色がかった体色です[2]。このように自然界における「青」は極端に限られた特殊な色であり、その稀少性は19世紀から科学者たちの間でも大きな謎とされてきました[1]。では、なぜ生物界では青い存在がこれほど少ないのでしょうか。本記事では、その理由を生化学と物理学(構造色)の両面から解説します。

青い生物は本当に少ない?自然界における青の稀少性

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自然界に青く見えるものといえば空や海が代表的ですが、実際に体内に青い色素を持つ生物はごく限られていることが知られています[3]。先行研究によれば、被子植物(花を咲かせる植物)の中で純粋な青色の花を咲かせる種は全体の1割にも満たず、昆虫や鳥など青く見える動物の多くも体内に青色の色素を持っていません[1][4]。こうした事実は長年経験的に指摘されてきましたが、その謎が解明され始めたのは20世紀後半になってからです[5]。光の干渉現象など光物理学の進歩により、多くの生物の青色は色素ではなく「構造色」によるものであることが判明したのです[5]。つまり、生物にはそもそも青色の色素がほとんど存在せず、その代替として物理的な仕組みで青を表現している場合が多いことがわかってきました。近年では2012年の研究で、青く見える生物の発色メカニズムを構造色と色素によって分類し、自然界で観察される青の大半が構造色に由来すると統計的に示されています[4]。この統計的事実は、「青い生物が少ない」理由が生物学的に根深いことを裏付けています。

植物で青い花が少ない理由(アントシアニンの条件)

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植物の花に見られる青色は、その発色に特別な生化学的条件を必要とします。植物が青色を呈する代表的な色素はアントシアニンという水溶性色素で、中でもデルフィニジンという種類のアントシアニンが青色の鍵を握ります[6]。しかしデルフィニジンで鮮やかな青色を安定して出すには、同時にいくつもの条件を満たす必要があります。第一に細胞内の液胞のpHが弱アルカリ性であること、第二にマグネシウムやアルミニウムといった金属イオンと結合して錯体を形成すること、第三にフラボノールなど他の分子との共色素作用で協働すること、これら3つの条件が同時に整わなければ鮮やかな青色は発現できません[7][8]。多くの植物では液胞は弱酸性なため単独では青色を出しにくく、また金属イオンや共色素の条件がすべて揃うことは自然界ではきわめて稀です[9]。実際、英国ジョン・イネス・センターの研究報告でも、これら条件が自然に同時達成されるのは非常に稀なため青い花はごく少数派にとどまるとされています[9]。さらに仮に遺伝的にデルフィニジンを作れる植物でも、生育環境が上記の条件を満たさなければ青ではなく赤紫やピンク色に発色してしまいます[9]。要するに、青という色は他の赤や黄に比べて生化学的に格段に実現が難しい特別な色なのです[10]。赤や紫の色素は弱酸性の液胞でも安定し、黄色のカロテノイド色素も細胞内に比較的容易に蓄積されます。それに対し青は、分子構造・化学反応・細胞環境といった複数の要因が精密に噛み合って初めて現れる“難易度の高い”色なのです[11]。このため植物界では長らく「青いバラ」は実現不可能とされ、現在でも人工的な遺伝子組換えによる青紫が限界となっています[12][13]

動物が青い色素を持たない理由

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一方、動物では青い色素を合成する能力自体が極めて稀です。動物の体色を決める色素の多くは、動物自らが生合成するのではなく食物由来です[14]。例えばフラミンゴは元来灰色の羽毛ですが、エビなどに含まれる赤橙色のカロテノイド色素を摂取・蓄積することで体がピンク色に染まります[14]。しかし青色の色素は食物連鎖上でもほとんど供給源がなく、動物が自身で新たに青い色素を生み出す経路も持たないため、進化的に青い色素を獲得することは困難でした[15][16]。現に鳥類・哺乳類・爬虫類など脊椎動物で青い色素を生産できる種は知られていません[15]。青い体色をもつ生物も、その青はほとんどの場合色素によらず構造色によって実現されています[17]。言い換えれば、動物がもし身体を青くしようとするなら、新規の色素合成経路を進化させるよりも、微細構造を利用して物理的に青く見せる方がはるかに容易だったのです[18]。この進化上の制約により、動物界では「青」が極端に少ない結果となっています。

構造色が生み出す青の仕組み

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上述の通り、多くの生物は色素ではなく構造色によって青色を実現しています。構造色とは、生物の表面の微細構造が特定の波長の光のみを反射・干渉させることで色が生じる現象です。例えば熱帯のモルフォ蝶は翅が鮮やかな青色で有名ですが、その翅には青い色素は一切含まれていません[19]。モルフォ蝶の翅の鱗粉(りんぷん)を顕微鏡で見ると、細かな層状の構造があり、そこに光が当たると特定の波長(青色)の光だけが強調され反射します[20]。見る角度によって青の輝きが変わるのも、この構造による干渉効果のためです。

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鳥類の青い羽毛も同様に、色素ではなく羽毛内部の構造によって青色を呈しています。例えばカケスの羽を逆光で見ると青色が消えてしまいますが、これは羽毛に含まれる微小な空洞や粒子が青以外の光を散乱・吸収し、観察者には青だけが反射されて見えるためです[21]。この羽毛の構造は蝶の翅のように規則正しくはなく泡状ですが、どの方向からも青く見える安定した構造色を生み出しています[21]。クジャクの羽の青緑色も色素によるものではなく、規則的な格子状の構造が光を反射することで生まれています[22]。さらに興味深い例として、霊長類のマンドリルの顔やオスのニホンザルの臀部が鮮やかな青色をしていますが、これも皮膚内のコラーゲン繊維などの構造によって青い波長のみが強調された結果であり、青色の色素そのものは存在しません[23]。人間の青い瞳(虹彩)に至ってもメラニン色素が少ないことで散乱が起こり、構造色的に青く見えているに過ぎないとされています[24]。このように、生物は微小な構造を巧みに利用して「青」を表現しており、色素を必要としない物理学的アプローチで青色を手に入れてきたのです。

モルフォ蝶や鳥の羽に見る青い構造色

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青色の構造色を代表する例として、先述のモルフォ蝶(Morho蝶)が挙げられます。モルフォ蝶の翅の表面には何層にも重なったウロコ状の微細構造があり、この構造が光の干渉フィルターの役割を果たします。白色光が翅に当たると、一部の光は各層で反射し、層と層の間で反射した光同士が特定の波長で強め合うことで鮮やかな青色が生じます。一方、他の波長の光は打ち消し合って弱まるため、結果として人の目には青色だけが強く認識されます。この構造色は純粋な色素では実現し得ないきらめきや角度による色変化をもたらし、モルフォ蝶の翅は見る角度で青から黒っぽく変化する特徴があります[19]。鳥類では、カワセミやルリビタキなど青い羽毛を持つ種が知られますが、これらも羽毛内部のスポンジ状の細胞構造や空気胞によって光が散乱・干渉し、青色のみが観察者に届く仕組みです[21]。鳥の青は構造の乱雑さにより蝶ほど角度で色が変化せず、どの方向からも安定した青色に見える場合が多いことが報告されています[25]。このような構造色は、生物に鮮やかな青をもたらすための巧妙な自然のデザインといえるでしょう。

進化が青色に構造色を選択した理由

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なぜ生物は色素ではなく構造色で青を表現する道を歩んだのでしょうか。その背景には進化上の効率の問題があります。前述のように、生物がまったく新しい青色の色素を生み出すには高度な生化学的変化が必要で、遺伝子に新たな合成経路を獲得するのは容易ではありません[16]。一方で、体表の微細構造を変化させて光学的に青く見せることは、遺伝的変化として比較的起こりやすいと考えられます[16]。たとえば蝶や鳥類の祖先が青色を見る視覚能力を獲得した段階で、もし自らの体を青く進化させれば他個体との差別化や配偶行動上のアピールとなり得たでしょう。しかし新たな色素の開発は難しいため、代わりに物理法則を利用して青を実現する構造が選択されたとする説があります[16]。事実、生物学的な課題を工学的手段で解決した好例として、進化の中で構造色が広く登場したと見ることができます[26]。構造色はエネルギー的コストも低く、色素が退色しなくても構造が維持される限り発色を保てる利点もあります。こうした理由から、進化の過程で「青く美しく輝く」ことは色素ではなく構造によって達成されてきたと考えられます[18]。結果として、青い生物は少ないものの、その希少な青は物理学と生物学が融合した洗練された手段で生み出されているのです。

青い色素を持つ希少な生物たち

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ごく限られた例ではありますが、生物の中にも青い色素を持つ種が存在します。まず有名なのは熱帯魚のニシキテグリ(マンダリンフィッシュ)です。ニシキテグリは青い模様を持つ美しい魚ですが、近年の研究で体表の色素細胞に「シアノフォア(青色素胞)」と呼ばれる青色色素が含まれていることが確認されました[27]。これは変温動物(魚類や両生類)の中でも極めて珍しいケースで、同属のスポットマンダリンという近縁種以外には知られていません[27]。多くの魚の青い体色はグアニン結晶による構造色(虹色素胞)で説明されるため、ニシキテグリは例外的に青い色素を持つ魚として注目されています[27]。また動物界では他にも、特定のチョウの仲間に青い色素を生産できる種が報告されています。それが中南米に分布するオリーブウィング(学名未定)と呼ばれるチョウで、現在までのところこの種のみが体内で青色の色素を合成できる蝶だとされています[15]。ただしこの色素については未解明な点も多く、他に青い色素を持つ昆虫が存在するかもまだ分かっていません[28]。なお、生物によっては色素ではなく金属元素で青色を呈する例もあります。例えばタコやカニ、カブトガニなどの血液はヘモシアニンという銅由来の色素(色素タンパク質)を含み、酸素と結合すると青く見えます[29]。しかしこれらは血液の色であり体色ではないため、「青い生物」という場合には通常含めません。総じて言えるのは、青い色素を持つ生物は非常に少数であり、その存在がむしろ特異な例外だということです。こうした例外的発見も、「なぜ青い生物は少ないのか」という問いに対する理解を深める手がかりとなっています。

魚類に存在する青い色素細胞(ニシキテグリ)

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前述のニシキテグリは、青い体色を示す色素細胞を持つことで知られる数少ない魚類です[27]。ニシキテグリの皮膚には、青色の色素を蓄えたシアノフォアと呼ばれる特殊な細胞が分布しています。この青色素胞が発見されたのは比較的最近のことで、本種とその近縁種以外には同様の青色素胞は確認されていません[27]。一般的な魚の青は構造色(光の反射・干渉)によって生み出されるため、ニシキテグリのように色素そのものが青色である例は極めて稀です[27]。この発見は、生物が青を表現する方法の多様性を示すとともに、青い生物の希少性を改めて裏付けるものとなりました。ニシキテグリの青色色素の化学構造については研究途上ですが、将来的に解明が進めば、生物が青い色素を進化させたメカニズムの一端が明らかになるかもしれません。

青い色素を生み出せる唯一のチョウ

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南米に生息するオリーブウィングというチョウは、現時点で唯一青い色素を持つ蝶類だとされています[15]。通常、蝶の翅の青はモルフォ蝶の例に見られるように構造色によりますが、オリーブウィングに関しては翅に青色色素が含まれていることが確認されました[15]。この発見は常識を覆す特別な例ですが、なぜこの蝶だけが青い色素を進化させ得たのかについては未解明の部分が多く、生物学者たちの興味を引いています[28]。オリーブウィングのような例外的存在は、青い生物が少ない理由を考える上で重要です。すなわち、青い色素を生み出す進化は偶発的かつ非常に稀な出来事であり、大多数の生物はそのような進化の道を取らなかったことを示唆しています[4]。この蝶の研究は、進化生物学や化学の観点から「生命がどのようにして色を作り出すか」を理解する上で貴重な手掛かりとなるでしょう。

まとめ:青い生物が少ないことが示す自然界の不思議

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青い生物が少ない理由を総合すると、それは生物が青色という特殊な色を得る上で直面する化学的・進化的ハードルの高さによるものです。植物においては複雑な生化学的条件が揃わなければ鮮やかな青を発色できず、動物においては青い色素を新たに作り出すことが遺伝的にほとんど不可能でした。その結果、自然界では青色の表現手段として色素ではなく構造色が広く用いられるようになり、青い生物自体が稀少となったのです[4]。しかし見方を変えれば、この稀少な青色こそが自然界の巧妙さと美しさを物語っています。色素では実現困難な青を、生物たちは光の物理現象を利用することで手に入れました。青い羽を広げるモルフォ蝶やカワセミの輝き、青い花々の神秘的な色合いは、いずれも生命が長い進化の中で編み出した創意工夫の結晶と言えるでしょう。青いバラが「奇跡」とまで称されるように[30]、青という色は私たち人間にとっても特別な魅力を放ちます。それは自然界において青が希少であり、だからこそ青い生物に出会うとき私たちは特別な感動を覚えるのかもしれません。限られた生物だけが纏う青という特別な色――その背景にある科学的理由を知ることで、自然界を見る目がさらに豊かになることでしょう。

参考文献

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